

近年の日本では、停電はまれで、
夏場のピーク時に「クーラーを省エネで」といった呼びかけがあったものの、
電気というのはいつでも自由に使えるものだと思ってきた。
しかし、3.11以降、多くの日本人が「でんき予報(電力需要予測)」を眺めつつ、
炊飯器やクーラーのスイッチを、入れたり切ったりしたことだろう。
いまや、電気は無尽蔵なエネルギーではない。
そのため、太陽光発電や家庭用蓄電池の導入が加速しており、
2020年度住宅用蓄電池市場は、10年と比べて310倍に拡大するという。
(富士経済:エネルギー需要動向調査)
10年後の私たちの住宅には、
蓄電池が備えられているのが、当たり前になるかも知れない。
今まで蓄電池が、家電のように身近になるとは思ってもいなかったが、
これを機会に「電気を貯蓄して、必要なときに使う」という暮らしが、
一般的になっていくのだろう。
そうした背景の中で、蓄電池(バッテリー)として最もメジャーな「鉛蓄電池(pbバッテリー)」に注目してみた。
コンバージョンEVや非常用電源などにも使用されている鉛蓄電池は、
日本国内に走っている7,500万台の自動車に搭載されており、
100年以上も前から使われている安定した技術で、
安価に安心して使うことができる蓄電池といわれている。
しかし、「鉛」と聞くと、環境や人体に悪い影響があるのでは?
というネガティブなイメージが浮かぶ。
その安全性はどうなっているのだろうか?
今回は「廃棄された鉛蓄電池は、どこへ行くのか?」を追ってみることにした。

国内における鉛リサイクルでトップクラスのシェアを誇る、
三井金属グループ神岡鉱業株式会社さん。
世界最高水準の亜鉛精錬技術を活かして、
鉛リサイクル事業を行っているという。
神岡は北アルプスのふもと、岐阜県飛騨市に位置し、
清流の流れる高原川をどんどん上り詰めていった山奥に
突如、大きな鉱山が姿をあらわす。
現在は、東洋一の規模と設備を有している。
鉱山は、2001年に事実上閉山したが、
鉱石から鉛を取り出す1次精錬技術を転用して、
現在は年間に4~5万トンの鉛リサイクルを行っている。
また、採掘によってできた、地下1,000mに広がる地下空間には
素粒子ニュートリノの観測施設「スーパーカミオカンデ」があることでも有名。
小柴東大名誉教授は、このカミオカンデで、ノーベル物理学賞を受賞している。
神岡に立って、目の前にそびえる鉱山の地下1,000mを想像してみた。
宇宙から飛んでくるチェレンコフ光が、音もなく発光することが
とても似合うような、空気の澄んだ清々しい場所である。
今回、工場内を案内してくださるのは、神岡出身の環境・リサイクル事業部 上林さん。
専門的な精製工程を、素人にも解りやすく丁寧に説明してくださった。
失礼ながら、「鉛と聞いて最初に頭に浮かぶのは、中毒とか汚染といった、人体や環境に悪いイメージである。」と伝えると、
「だからこそ、現在はしっかりとした技術とルールで
管理されているから安全なのだ。」とのお返事。
しかも、鉛というのは加工がしやすく、高密度で腐食性に優れ、
放射能を通さない、蓄電できるといった他の金属にはない特性から、
さまざまな分野で広く使われており、
生活に欠かせない素材であることがわかった。
そして、鉛蓄電池のリサイクル率は非常に高く、現在ではほぼ100%とのこと。
これは、リサイクル資源として、かなりの優等生である。
それではさっそく、リサイクル工場へ。
ちなみに、見学者も工場内に入るには、
ヘルメットと防護メガネ、防塵マスク、長靴着用が義務づけられているが、
正直、これがなかなか大変。
防塵マスクは息苦しいし、防護メガネは曇ってくるし・・・。働く人を守るためとはいえ、
これらを付けての労働は、なかなかハードに違いない。
また、工場内は基本的に撮影禁止なので、
特別に許可を頂いたエリアにて、撮影をさせて頂いた。

鉛蓄電池リサイクルの工程は以下の5ステップ。
(1)分別・粉砕
(2)再生プラスチック原料へ
(3)熔鉱炉
(4)鉛電解
(5)精鉛炉(EMK鉛)
(6)分銀炉(金・銀・蒼鉛・パラジウム・プラチナ)
しかも鉛リサイクルを行いながら、
6ステップ目では、携帯やPCの基盤から金やレアメタルが取り出されのだという。
これは、レアメタルや金の価格高騰で、にわかに注目を集めている
携帯電話やPCの基盤に含まれている貴金属の抽出である。
なんでも、金鉱石3トン中の平均金量が10グラムといわれているのに対して携帯電話1トンから150グラムの金が回収可能だとか。
つまり、携帯電話は金鉱石と比べて、45倍の金含有率というわけ。
まさに、「都市鉱山」といえよう。
しかし、携帯からどうやって金を取り出しているんだろう?
と以前から不思議に思っていたのだが、
鉛蓄電池のリサイクル工程で副次的に精製されていたのだ。
逆にいうと、(4)の電気分解による鉛の精製工程が無いと、
金やレアメタルを取り出すことが出来ないんだそう。
どういう仕組みなんだろうか?興味津々である。
まずは(1)分別・粉砕の現場へ向かう。
神岡鉱業の工場は、鉱山の斜面に点在しており、
工場内をむすぶ坂道を登っていくと、
慣れない防塵マスクで息が上がってきた。
そうしてたどり着いた広場には、
全国から集められたたくさんの鉛蓄電池が
パレットにうずたかく積まれていた。
神岡鉱業さんは、鉛リサイクルの国内シェアの20%弱を占めている。
最初の工程では、前処理と呼ばれるパーツの取り外しを手作業で行い、
自動車用鉛バッテリーと小型シール鉛バッテリーに分類して
それぞれ専用の粉砕機にかける。
粉砕機といっても、建物全体が機械で、
ベルトコンベアでどんどんバッテリーが飲み込まれていくのである。
(2)再生プラスチック原料へ
粉々になったバッテリーは比重の違いを利用して、
廃プラスチックと廃酸と鉛原料に分別される。
そして、ケースの廃プラは、再生プラスチック原料として出荷される。
鉛だけじゃなく、廃プラもちゃんと再生資源に生まれ変わっていることに、
ムダが無くてすばらしいと感心。
(3)熔鉱炉
分別された鉛原料に、触媒となる鉄くず、石灰石・ケイ石、
コークスを加えて熔鉱炉で加熱し、
溶融還元反応により、スラグ(鉱業廃棄物)と粗鉛を取り出す。
溶鉱炉の近くは、すごい熱気で、
熱せられてた空気が、蜉蝣のようにゆらゆら揺れている。
この炉はいったん火をいれたら、
3交代制勤務で24時間稼働させるという。
この際に、携帯やPCの基盤も同時に加える。
つまり、取り出された粗鉛の中には、
基盤に含まれていた金やレアメタルも含まれている。
(4)鉛電解
いよいよ、鉛リサイクル最大の見せ場「電解」!大型プールのような電解槽が、工場内に広がっている。
熔鉱炉で取り出された粗鉛(金、銀といった貴金属も含む)
から陽極板をつくり、
一方で、高純度の鉛から、ごく薄い陰極板をつくる。
この2つの極板を交互に電解槽に吊るし、
一週間かけて電気分解を行う。
極板間に電圧をかけると、電解液と電極との間で電子の受け渡しが始まり、
陽極板に含まれていた鉛が、元素となって陰極板へ移動する。
この工程で99.999%という高純度の鉛が取り出されるのだ。
電解前にはペラペラだった陰極板は、電解後、鉛が引き寄せられて分厚くなり、
逆に分厚かった陽極板は、元素レベルで鉛が抜き取られスカスカになってしまう。
音もなく進む電気精錬は、なんだかとても不思議な光景である。
また、この電気分解に使っている電気は、
敷地内にある自家水力発電でまかなっているのだそう。
(5)精鉛炉
前工程の鉛電解で取り出された、高純度リサイクル鉛を
精鉛炉と鋳造機を用いて、地金(EMK鉛)にする工程。
鋳造機から出てきたばかりの地金は高温だが、
きらきらと美しい地肌をみせている。
それが山と積まれた倉庫の様子は、圧巻である。
この地金は、鉛蓄電池を初めとし、
鉛を使った製品を製造する現場へ出荷されて
ふたたび商品に生まれ変わるのである。
ここまでが、鉛リサイクルの工程である。
(6)分銀炉
ここでは、これまでの鉛リサイクル工程を利用して、
いよいよ、携帯やPCの基盤に含まれる貴金属を取り出す段階である。
つまり、(4)の電気分解で鉛を取り出したことにより、
不純物であった貴金属類も、同時に高純度に濃縮されたのである。
具体的には、鉛電気分解で生まれたスクラップを分銀炉にかけ、
携帯やPC基盤に含まれていた貴金属から、
MK金、EMK銀、EMK蒼鉛、プラチナ、パラジウムを取り出すということ。
これらもまた、製造の現場へ出荷され、再び商品となるのだ。
これぞ現代の錬金術。
また、単に携帯やPC基盤から貴金属を取り出すことだけを目的として、
精錬を行った場合、それ自体ではコストが見合わず、
鉛リサイクルと抱き合わせることで、
初めて採算ベースに乗るのだという。
一粒で二度美味しいというか、大変良くできたリサイクルだと、
感心することしきりである。

このような工程を経て、高純度99.999%の鉛が
リサイクルから生み出されていることが判った。
しかも鉛蓄電池のリサイクル率は、ほぼ100%だというのだから、
ロス率が極めて少ないということ。
つまり、鉛は、正しい取扱いをしてリサイクルのルートに乗せれば、
環境や人体への悪影響はなく、とても優秀な素材ということである。
取材前の「鉛って環境や人体に悪いんじゃない?」というイメージと反して、
その信頼性、安定性、経済性、リサイクル効率の良さからみて、
鉛蓄電池は、いま再評価されるべきだと、実感した。
「電気を貯蓄して、必要なときに使う」という
新しいライフスタイルを支える蓄電池もまた、
環境に優しく、サスティナブルな「鉛」を活用したいものである。


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藤崎 麻衣 多摩美術大学卒業。アートディレクター、mg(ミリグラム)代表として、消費者向け商品・サービスの広告制作を手掛ける傍ら、「価値ある仕事・価値ある買い物」をキーワードに、製品やサービスに埋め込まれた技術やこだわりの価値を最終消費者に伝達するための文筆活動を行う。 2007年より無垢家具ブランド「Denn Style(デンスタイル)」ネットショップ http://www.denn-style.jp/ を立ち上げ、商品企画・販売も行っている。 |
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